米倉涼子 旦那・太田靖宏の会社独立を支援「一緒に住む?」

2015年4月9日発売の週刊文春で、旦那からのモラハラなどが原因で離婚決断とまで報じられた女優の米倉涼子。旦那の太田靖宏氏はリクルートの元社員から独立した起業家であるが、その独立時、米倉涼子は旦那を経済面などで献身的に支えたにも関わらず、離婚騒動にまで発展してしまった。2人の歯車は一体どこで狂ってしまったのだろうか。

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米倉涼子の旦那はリクルート元社員から広告代理店社長へ

米倉涼子よりも2歳年下の旦那A氏は、芸能界とは無縁の一般男性。リクルートの営業マンを経て3年前に独立し、広告代理店を起業している。

A氏の知人というリクルート社員の話によると、A氏は当初はリクルートの正社員ではなく契約社員として、地元大阪でリクルートに採用されている。営業に配属されたA氏はすぐに頭角を現し、フリーマガジン「HOT PEPPER」の広告営業でトップ営業マンとなり、その実績が認められて正社員へと登用。

その後も順調に出世した後、12年の夏にリクルートを退社して自分の会社を興したA氏は現在、広告代理店の社長として手腕を発揮。今でもリクルートから「HOT PEPPER」などの広告営業を請け負うなどして、年商2億円の会社にまで成長させている。

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リクルートから独立した旦那を支えた米倉涼子

しかし、A氏の独立・起業は順風満帆だったわけではない。独立した当時のA氏を知るリクルート関係者は次のように話している。

「独立した頃、『何か収入源はあるの?』と聞いたら、『何もないっす』って言ってました。『貯金は7、8百万円くらい』って言ってたけど、妙に落ち着いていましたね」

米倉涼子と旦那A氏が「深夜の手つなぎデート」を週刊誌に報じられたのが12年の8月下旬頃であるから、この頃から2人の交際はスタートしていたと思われる。一方、A氏が広告代理店を起業したのも12年の夏であるから、独立直後で貯金も少ないA氏が妙に落ち着き払っていた裏には、米倉涼子の存在があったのであろう。

実際、当時の2人を知るという米倉涼子のある友人は、

「会社を興して間もないAさんから『お金がない』と相談された彼女は、『じゃあ私の部屋に一緒に住めばいい。それで浮いたお金を事業に使って』と、彼を支えることにしたのです」

と話しているという。

それほど献身的に旦那のリクルートからの独立を支え、1年半の同棲生活の末、昨年末にようやく入籍を果たしたにも関わらず、2人は結婚3ヶ月で既に別居状態。A氏による米倉涼子へのモラルハラスメント(モラハラ)が原因と言われている。A氏は米倉涼子の人格を否定するような発言を繰り返したり、時には米倉涼子を正座させたまま一晩中5時間も説教をしたこともあるのだとか。

自分の苦しい時代を支えてくれたにも関わらず、成功してカネ回りがよくなった途端に他の女性に乗り換えてしまうなど、過去の恩をあっさり忘れてしまう男は多い。

しかし、稼ぎでいえばまだまだ米倉涼子のほうが上。毎晩のように大阪・北新地で飲み歩き、「カネ持って遊んでて何が悪いん?」と、取材記者に対して、開き直りともとれる悪態をつくような旦那を、米倉涼子は自分から見限ったほうが賢いように思う。

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