小林麻央ブログKOKOROにも書いてないインタビュー全文

2017年1月9日に放送された「市川海老蔵にござりまする」(日本テレビ)の第4弾で、乳がんの公表後、小林麻央が初めてテレビに出演し、入院先の病院の部屋からのインタビューという形で、夫・海老蔵に対する思いを自らの口で語った。

再放送の予定も今のところ発表されていないため、オンエアを見逃した方のために、小林麻央がテレビカメラの前で語ったインタビューの全文を掲載する。病床の妻が語った愛する夫への思いには、言葉では言い表せない、グッとくるものがある。

【スポンサードリンク】

海老蔵は取材班にも麻央の癌の事実を教えていなかった

2016年6月9日、スポーツ報知の突然のスクープによって、小林麻央が進行性の乳がんを患っていることが世に知られることとなり、市川海老蔵は緊急記者会見を開くことを余儀なくされた。

その会見場に向かう車中、毎年お正月明けに放送される海老蔵の密着ドキュメンタリー番組「市川海老蔵にござりまする」のスタッフも初めてその事実を知らされたとのこと。その時の海老蔵とスタッフのやり取りは次の通り。

海老蔵「びっくりした?はははは」「そうだよね。ずっと誰にも言ってなかったから」「正直に言うと1年8ヶ月くらい前からだから、こんなに静かにできたことは、逆に良かったかな」

スタッフ「(麻央さんは)なんか仰ってましたか?」

海老蔵「『ごめんね』って言ってた、うん。1年8ヶ月もこうやって寶世(たかとし;海老蔵の本名)さんに支えてもらって。『色々我慢させた上にこんなことになってごめんね』って言ってたけど、関係ないよね。当たり前じゃんと思って」

スタッフ「一番お辛いのは…?」

海老蔵「麻央だよね」

そして海老蔵を乗せた車は記者会見が行われる帝国ホテルへと到着した。

【スポンサードリンク】

父として夫として家族を守る海老蔵の男としての決意

記者会見から20日後の6月29日、海老蔵は子供2人を連れて、長野県の志賀高原にある温泉旅館を訪れていた。そこで海老蔵は番組スタッフに対して、1年8ヶ月もの間、妻の病気のことを誰にも言わずに隠し通してきた心境を語った。

「色んなことあったじゃん、俺。本当に色んなことあるんですよね、10代の時から。いいことも悪いことも。襲名とかもあったり、事件とかもあったり。父の死があったりとか。

色んなことあって、人に比べたらありすぎるくらいあるんだけど、この間の会見までの1年8ヶ月くらい、色んなことをやったり考えたり思ったりしながら過ごしてたものが、(スポーツ新聞のスクープによって)ふわっとなっちゃったことによって、ああいう会見をして、なんかあの日くらいから俺自身が、私自身が変わったなっていう。」

「みんなに言えないから。こうやって(番組の取材を受けて)てもさ、思うのよ。君たちも思ってるでしょ。『麻央さんなんで来ないんだろうな』って思っているだろうな。『こういう(家族旅行とかに)ことになんで来ないんだろうな』って思ってるんだろうなっていうのが常にあるわけ。やっぱりそういうのって俺にとってはすごい足かせだし、やっぱりこう、どう切り抜けるかっていうのが常にあるわけで、まぁねぇ、っていうことだから」

「それに関して言えば、これでもう麻央も(治療に)専念できるし、ある意味ね。それで私自身も堂々といられる。うん。だから1年8ヶ月、堂々としていなかったんだろうね」

このインタビュー中、海老蔵の顔からは、何かこう吹っ切れたような、そして改めて妻を守る、子供たちを守るという並々ならぬ決意が感じられた。

小林麻央がブログKOKORO.の1記事目に記した決意

癌が公になってから約3ヶ月後の2016年9月1日、小林麻央はブログを開設した。その1記事目には、小林麻央も海老蔵に負けじと、癌に立ち向かう母としての強い決意が込められていた。記事のタイトルは「なりたい自分になる」。

ブログを始めたきっかけは、素晴らしい先生との出会いに心を動かされたからなのだとか。その先生に言われた一言が、

「癌の陰に隠れないで」

次いで、自分自身の決意を語っている。

私は
力強く人生を歩んだ女性でありたいから
子供たちにとって強い母でありたいから

【スポンサードリンク】

小林麻央のブログKOKORO.にも書いてないテレビ出演インタビューの全文

「市川海老蔵にござりまする」の2017年1月9日放送の番組に間に合うように、小林麻央が自ら、「夫・海老蔵についてカメラの前で話したい」という申し出があり、癌の公表後初めてとなるテレビ出演が、病院の部屋からのインタビューという形で1月4日に実現した。

小林麻央がカメラの前で語ったインタビュー内容の全文は次の通り。

「闘病してから1年以上が過ぎた時に、私の母と主人と私で話している時に、『もう1年もこんな風に迷惑をかけて、もうこれ以上迷惑をかけられない』っていうことを言ったことがあったんですね。『もう1年以上だよ』って言ったら主人が、

1年がなんだよ』って。『ずっとなんだよ』って言ったんですね。『麻央のお母さんはずっとお母さんで、俺はずっと麻央の夫で、みんな家族なんだよ。1年がなんだよ。ずっと支え合うんだよ』って言ってくれて、その言葉は本当にすごく嬉しかったですね」

「役者・市川海老蔵という存在について」という質問に対して

「(海老蔵の)父が亡くなってから、主人を見ていて、すごく孤独だなって感じることが多かったんですね。それは、家族の愛とかそういうことで埋められる孤独ではなくて、やっぱり彼自身が歌舞伎の家に生まれて、歌舞伎役者として彼自身として生きていく上での孤独っていうのをすごく感じることが多くなって。

父が亡くなってからの主人っていうのは、そういうものを見せるわけではないんですけれども、明るくて、前向きで、常にポジティブな主人の姿はあるんですけど、そういう中に主人の孤独をすごく感じることが、私自身は多くなっていたんですね」

「私が病気になって、私自身も誰かに話したりとか誰かと共有したりとかしきれない苦しみとか、悲しみ、どうしようもない思いっていうのを私なりに経験した中で、今2年経って、主人が前に言っていた時には私が理解できなかった考え方とか、そういう主人の心の持ち方だったり考え方だったり、色んなそういう感覚ですね。

そういうのを少し理解できるというか、想像できるようになってきた部分が不思議とあって、私が病気をして得たものの一つかなと思っていて。そう思うと、病気をする前よりも、ちょっといいパートナーに…。もし私がこの病気を乗り越えて、今私なりにある試練っていうものを乗り越えられた時に、病気をする前よりもちょっといいパートナーになれるんじゃないかなっていう…(涙が流れる)すみません」

「(再び笑って)なので、すごく思うのは、『役者・市川海老蔵をパートナーとして支えられるチャンスを、神様ください』っていつも思うんですね。(涙が滴り落ちる)」

「主人はいつも俯瞰して物事を見るっていうことを教えてくれるので、「あぁ、そうじゃなかった』って。『痛いのは事実だけど、でもそれだけじゃないんだ』って。『もっと世界を広げて見ないといけない』っていうことを思い出させてくれるので、そういう意味では、(癌と)闘っていく中で、心の持ち様、前向きな(心の)持ち様を主人には教えてもらってますね」

「私が持っている物差しとは違う物差しでの物事の見方を教えてくれるので、教えてくれるっていうか、見せてくれるっていうか。だからすごく、病気になる前は、『もぅなに訳わかんないこと言っちゃって』って思うことが結構あったんですけど、『もぅわかんないの』ってみたいなことがあったんですけど、病気になってからは、『本っ当に、ありがたい』って。

主人と結婚したからこそ、今私、こうやって生きてられるな』って思います。そうじゃなかったら心が死んじゃってたかもしれない。だからすごく感謝してます」

そう語る小林麻央の表情からは、市川海老蔵という男を伴侶に選んだことを心から幸せに思っているという正直な気持ちがヒシヒシと伝わってきた。

人を癒すことのできる笑顔の持ち主、小林麻央のニュースキャスターとしての元気な姿を再びテレビで見られることを望んでいるファンは大勢いる。頑張れ、小林麻央さん。神様、どうか奇跡を。

【スポンサードリンク】

【小林麻央さん関連記事】
小林麻央が退院決意「余命どれくらい?」尋ねた理由と真相
小林麻央 皮膚転移お腹にも 余命が心配 海老蔵の覚悟とは?
小林麻央「読みたい方だけ」内容が転載禁止の本当の理由とは?
小林麻央の余命は末期か 海老蔵ブログで涙の理由
小林麻央の腹水とパジャマ写真とKOKORO1月19日の関係とは?
市川海老蔵にござりまする密着2017 小林麻央がインタビューで語った夫への想い

ゴジラ
(電子書籍)暗殺教室17巻

コメントはこちらから

*
*
* (公開されません)