AAA伊藤千晃の旦那 恵藤憲二に元相方の宮迫博之が初コメント

1月12日、結婚と妊娠、グループの卒業を”トリプル”発表して世間を驚かせたAAA(トリプル・エー)の伊藤千晃であるが、その旦那に新たな情報が飛び出した。なんと、かつて雨上がり決死隊・宮迫博之の元相方だった恵藤憲二氏だというのだ。

宮迫は20日放送の「バイキング」の生放送でそのことを聞かれ、元相方の恵藤憲二氏についてテレビで初めてコメントした。恵藤氏の画像と宮迫のコメントを併せて速報で紹介する。

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宮迫博之 元相方でAAA伊藤千晃の旦那・恵藤憲二氏についてコメント

AAAの伊藤千晃が結婚した旦那・恵藤憲二氏は、「雨上がり決死隊・宮迫博之の元相方だった」という噂がネット上に出回っていることを受けて、当の宮迫が20日、レギュラー出演する「バイキング」の生放送で初めてコメントした。

結論から言うと、噂は全て本当だった。

まず、宮迫博之とお笑いコンビを組んでいたのは、吉本興業のお笑い芸人養成学校であるNSCに在籍していた、いわゆる養成所時代。その時のコンビ名は「ぴいぷる」。

一方、現在の雨上がり決死隊の相方、ホトちゃんこと蛍原徹も当時は養成所の別の同期とコンビを組んでいたとのこと。全員がNSC7期生のため、蛍原も恵藤氏のことをよく知っているそうである。

その後すぐに恵藤氏は芸能の道から事業の道への転身してしまったため、「ぴいぷる」は解散してしまったようであるが、宮迫は恵藤氏のことを、

  • 「今はとんでもない金持ち」
  • 「とにかく事業の才能があった。24時間営業のコンビニを日本で一番初めにやったんじゃないかな」

とコメント。今でも吉本興業の出身者の中でも一番の成功者と言われている。

恵藤憲二氏の画像と経歴

AAA伊藤千晃-旦那-惠藤憲二

事業家として大成功を収めた恵藤憲二氏の経歴はすごい。大阪府出身の恵藤氏は高校卒業後、19歳でラーメン店を起業しつつNSCに通っていたが、すぐに芸人を辞めて事業に専念。この時点で、自分にはどっちが向いているのかを適切に見抜いていたことになる。

ラーメン店に次いで、雑貨の並行輸入や飲食業など事業を拡大していく。飲食業とは、具体的には水商売。1990年代の初め頃から、大阪でオスカー(INSOU)グループのキャバクラ店を展開。

事業は右肩上がりで拡大を続け、2000年代前半には、関西だけにとどまらず関東、中国、北陸、四国などへと基盤を広げ、店舗数はおよそ100店舗にまで増加した。その事業規模は年商300億円とも言われている。

その後はアパレル業界へと進出し、女性向けのアパレルブランドを立ち上げる。 2005年11月に、大成功の基盤となったファッション・ブランド「マークスタイラー」を設立。

マークスタイラーは、「EMODA」「MERCURYDUO」などを展開しているブランドで、20歳前後の若い女性をターゲットとし、「EMODA族(EMODAブランドで洋服を統一している若者)」という流行を生み出すほど、若者の間で圧倒的な人気となっている。

マークスタイラーの、2014年3月期の売上高は370億円。キャバクラ事業と同規模の事業をわずか10年で、しかも市場が縮小傾向にあるアパレル業界で築き上げたことはまさに賞賛に値する。

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伊藤千晃はAAAの卒業と結婚で悠々自適な生活をGET

伊藤千晃と恵藤憲二氏は数年前に共通の知人を通じて知り合い、2016年の春ころから交際に発展。そして夏頃には半同棲生活を始め、12月末に伊藤千晃の妊娠しが発覚したことがきっかけとなり、入籍することを決意したとのこと。

2人は20歳くらいの歳の差があるが、この結婚は伊藤千晃にとって、驚愕するほどの玉の輿婚となった。というのも恵藤氏は、マークスタイラーの事業が順調にいっているにも関わらず、2014年9月に代表取締役会長を辞任し、事業を手放してしまったのだ。

これがまさに大正解。事業はいったん傾きかけてしまうと、売却しようとしても足元を見られてしまい安く買い叩かれてしまうか、最悪の場合は買い手が付かないこともよくある。

経営の才覚に秀でた恵藤氏はそのことを十分に知っていたからこそ、事業が順風満帆に進んでいる時だからこそ売却を決断したのではないかと思われる。

それにより多額の売却益を得た恵藤氏は今は悠々自適な生活を送っているのだとか。30歳にして旦那、子供、そして莫大な富という”トリプル”な幸せを手に入れた伊藤千晃は、完全に勝ち組となった。

仮にAAAに残って芸能活動を続けていたとしても、浮き沈みの激しい芸能界でいつまで生き残っていけるかなど全く分からないのであるから。

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